ミュージック バンク

ミュージック バンク

感性に訴えてきた楽曲を、ちゃんさきセレクションでお送りする音楽ブログ。独断と偏見で綴っています。

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大事にしたいもの持って大人になるんだ

はじめに

新型コロナウイルスが猛威を振るっている。

感染拡大防止のため、卒業式が次々と中止になるほか、各地で臨時休校の措置がとられるなど、その影響力は凄まじい。

また、ライブやイベントなどの自粛も相次いでおり、エンターテインメント業界に携わる人々の生活が危ぶまれる事態となっている。

そんなコロナの脅威を感じながらも、せわしない日々を送っているのだが、何気なく聴いたKANA-BOONの「シルエット」の歌詞が、心にすっと溶け込んだ。

 

「大事にしたいもの持って大人になるんだ」

 

大事にしたいもの

あなたにとって“大事にしたいもの”はなんだろうか。

家族や恋人という人もいるだろう。自分の時間という人もいるかもしれない。

それが何であろうと、不要不急の外出、および密閉空間・密集場所・密接場面の「3つの“密”」の回避を求められている今だからこそ、自分にとって“大事にしたいもの”を改めて見つめ直し、守るべきタイミングにふさわしいと私は思っている。

 

そして筆者にとってそれは、“夢”と、それから友だちや仲間などの“大切にしたい人”である。これは、およそ3年前からほとんど変わっていない――はずだった。

仕事で忙しくしているうちに、まだ叶えられていない“夢”を心の奥底に眠らせている自分がいることに気づいたのだ。

もしかしたら、“大事にしたいもの”を忘れたフリをしていただけかもしれない。

ただ、きっとずっと変わらない想いがあることを忘れてはならないだろう――。

 

※以下、2017年1月に書いたものをそのまま引用しています

夢を与え続けるKANA-BOON

年末年始に開催されたCDJで大好きなアーティスト、KANA-BOON、を観に行くことのできなかった私は、お気に入りのDVDを振り返ることにした。「KANA-BOONのとぅるとぅるかむとぅるーTOUR 2015 ~夢のアリーナ編~ at 日本武道館」のDVDだ。

2015年という年は私が新成人を迎えた年である。20歳という響きは、当時の私にはすごく新鮮に聞こえた。お酒が飲めるようになったり、選挙に参加できるようになったりできるとともに、それはこれから”大人”として扱われる年齢を意味するからだ。新しい何かに挑戦したい気持ちでいっぱいだった。

そんな私が人生で初めてライブに行ったのが、KANA-BOONの武道館ライブだった。彼らが出演しているフェスには前に参戦したことがあったのだが、彼らの武道館ライブほど私の心を動かしたものはない。KANA-BOONのパフォーマンス、ストーリー性、そしてなんといってもトークの熱さが気に入った。彼らが夢について熱く語っていた、その彼らの発言と姿がどうしても忘れたくなく、ずっと覚えていたい。そんな想いを抱き、私はこのDVDを購入したのだった。今でも強烈に印象に残っていて、ここまで感動したライブは彼らのこの武道館ライブの他にない。

「武道館でやることも夢だったので、バンドとしての夢がまたひとつ叶いました。でもKANA-BOONはこのままでは満足しないということでメンバー一人ひとりの夢を叶えていこうと思うわけですが」と、彼らの夢についてのトークが始まる。どんな夢をそれぞれのメンバーは持っているのだろう?と、当時、私はこの場面ですごいわくわくした。すると次の瞬間「今日はすごいものを用意してます! 鮪の解体ショーをしたいと思います!」と予想をはるかに上回る展開に私は思わず「え!」と大声を上げ、友だちと顔を見合わせたのを覚えている。斬新なアイデアが好きな私は思わず興奮しながら、鮪が解体され、谷口が美味しそうに味わう様子を目を見開いて見守っていた。続く飯田は、セグウェイで観客の間を走り抜け、コールアンドレスポンスをやりたいという夢を実現する。みんなが一団となってひとつの物事をやるのは楽しい。そう感じた。また、小泉は、脱出イリュージョンを華麗にやってのけ、夢は叶えられた。夢実現のラストバッターである古賀は、白シャツ姿になって再登場する。珍しい白シャツ姿に私は目を見張った。そして、「俺の夢は空を飛ぶこと!」と話すやいなや、ギターを抱えたまま宙吊りになる。武道館の2階席の高さまで到達すると、そのまま「盛者必衰の理、お断り」を演奏し始めた。私はとにかく終始笑っぱなし、興奮しっぱなしだった。

夢を実現できて一人ひとり喜ぶメンバーの姿を観て、観ている私まで嬉しくなる、そんな幸せになれる空間を武道館ライブは作り出してくれた。日常生活では、なんであの人はいつも夢を実現できて、私はいつも夢破れるんだろう、と激しい嫉妬の感情に襲われることもあった。だが、他人が喜んでいる様子を素直に受け止めて、一緒に分かち合う大切さをこの武道館ライブは教えてくれた。

また、「シルエット」の前に谷口鮪が語った言葉に私は感動した。「”大事にしたいもの持って大人になるんだ”っていう歌詞があるんですけど。この歌詞を書く時に、『自分にとって大事なものって何やろ?』って考えて。育ったライブハウスであったり、僕らがまだまだ小さい頃から応援してくれてる人たちとか、デビューして新しく出会った人たちとか、目の前にいるみなさんのこと、画面越しでライブを観てる人、学校とかバイトでそれも観れなかった人、そういう人たちのことを思いながら作った歌詞で。いつまでも、みんなとずっと一緒にいたいなって。ほんとわがままなんですけど、そういう曲です。だから、こうやって今日、みんなの前でやれたことを、すごく光栄に思います」

私にとって”大事なもの”ってなんだろう?とすごく考えさせられた。私にとっては夢と、友だちやサポートしてくれる周りの人が大切だと思った。

さらに、「1.2. step to you」での谷口鮪トークにも魅力を感じた。「大阪の三国ヶ丘FUZZっていうライヴハウスから始まり、そこからいろんなことがあってデビューして。僕らここまで来るのに、ものすごくたくさんの夢が叶ったわけです。でも、その叶うまでの道程はもちろん、しんどいこと、嫌なことも多かったし。KANA-BOONは夢がどうたらこうたらうるさいバンドですけど、なんでこうやってたくさん言うかっていうと、頑張れるんですよね、夢があると。それは僕たちがすごく体感していることで。心のどっか奥底に小さな輝きがあれば、人は頑張れる。それをみんなにも教えてあげたい、伝えたいんですよ」そう語った。

最後に「僕らをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました。これからも僕らは、大好きな音楽と信念を曲げずに心の中に持ちながら、みんなをどんどんいろんなところに連れていきたいと思います。ずっとそばにいてください」と語り、アリーナ公演のために作った「パレード」を披露した。

私の大きな夢は、音楽ライターになることだ。言葉が一番自分の意見を伝えることができるものだと思っていて、だからこそ言葉が好きだ。就職活動では、憧れていた出版業界、編集、ライターを受け続けた。今のところ全て失敗に終わるも、まだ諦めきれず、未だに選考を受け続けている。いつか絶対になってみせる。そう決心して止まない私は、最近、ライターのアルバイトを始めた。

そこでもまた夢がある。他のアルバイターに負けたくない。今のところ、他の人のほうがやっぱり上手い。でも、私には絶対まだまだ伸びしろがあると思っている。もっともっと、成長したい。そして、爆発的なクリック数を生み出す記事を書き上げるのが夢だ。

親には、馬鹿馬鹿しいとよく否定される。なれっこないと馬鹿にされる。それでも、周りを見渡せば、私を応援してくれている人がいる。

私が夢に向かって挑戦し続けているのは、半分は自分のため。もう半分は、他人のため。夢を叶えて幸せになりたいっていう気持ち。今まで夢なんて叶いっこないって否定してきた人たちをびっくりさせたい気持ち。そして、夢は叶うんだよって人々を勇気付けたい気持ち。そんなたくさんの気持ちを抱えている。だから、私は今も夢を追いかけ続けて生きている。

 

――過去にこんな文章を綴っている。

そしてこの後、3月の卒業間近まで、就職活動を続けたのだった。絶望と不安の中、行きたい業界に入りたい、入るんだという微かな希望と熱い想いだけが、ただただ私を突き動かしたのだ。

それから6ヶ月後、晴れてテレビ情報誌の記者になることができた。その当時のうれしさといったら、計り知れない。

この経験を通じて、ひとつ確信できたことがある。夢はきっと叶う、ということだ。

自分にとって“大事にしたいもの”

その後もたくさんの夢を現実にしていくうちに、あきらめなければ夢は叶えられるという想いはますます強くなっていった。

しかし、最近の自分はどうだろうか。

仕事が忙しいことを理由に、大事にしていた“夢”を忘れたフリをしている。

 

今では現職で働きながら、音楽ライターとしても活動していきたいと思っているものの、私の夢は決して儚く脆いものではないはずだ。

だからこそ、例え忙しくても、心の片隅に置いておきたい。

どんな時も離さずに守り続けたい、自分にとって“大事にしたいもの”を。

大事にしたいもの持って大人になることを。

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PHOTO:KANA-BOONのとぅるとぅるかむとぅるーTOUR 2015 ~夢のアリーナ編~ at 日本武道館 DVDより

CY8ER、ゆるめるモ!…“ネズミ”で表す、アイドルたちのロック魂【子年記念】

はじめに

“アイドルたちのロック魂”というタイトルに、どこか違和感を感じる人がいるかもしれない。「畑違いだ」とか、「何言ってんだ」なんて声すら聞こえてきそうだ。

ただ、私の思う“ロック魂”は音楽のことではない。彼女たちの“生き方”や“ハート”のことを指している。そして、そのことを表すために、このような表現をしたのだ。

どういうことなのか。今年は子年ということもあり、“ドブネズミ”について歌っている曲に絞って、説明していきたい。

有名な“ドブネズミの曲”

“ドブネズミの曲”と聞いて真っ先に浮かび上がるのが、THE BLUE HEARTSの「リンダ リンダ」という人が多いのではないだろうか。

アイドルたちが歌う楽曲について掘り下げる前に、まずは“ロック魂”が感じられる同曲について深掘りしていきたい。

リンダ リンダ

リンダ リンダ

  • provided courtesy of iTunes

「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから」というフレーズから始まる同曲。

ドブネズミは家の壁や柱、通信ケーブルなどをかじり、人に被害を与える害虫として捉えられがちだ。そんな忌み嫌われがちのドブネズミのことを“美しい”と、ボーカル・甲本ヒロト(以下、甲本さん)は言っている。

「写真には写らない美しさがある」というフレーズからは、人や物事を見かけで判断するな、という甲本さんからのメッセージとも捉えることができるだろう。

少数派の意見が尊重されないことも多い中、甲本さんはマイノリティ側、あるいは弱者側の意見に寄り添いながら、“目に見えないもの”が大切なんだ、とリスナーに熱く語りかけているようにも聴こえるのではないだろうか。

 

世の中は、見た目や数値などの“目に見えるもの”だけで結論づける傾向にあると思う。仕事では業績や収入などの数字で、恋愛でも好みのルックスかどうかで判断されがちだ。

そんな世間に対し甲本さんは、大切なのは心の目で見ること、と懸命に伝えているように思った。

ドブネズミはどれだけ人から疎んじられようとも、自分の世界を確立し、その中で生きる不屈の精神を持った動物だと思っている。そんなドブネズミの生き様が“ロック”だから“美しい”のではないだろうか。

つまり“ロック魂”とは、自分で思う正しさを貫き通す姿勢を持ちながら、自分の道を一心に突き進んでいく生き方、あるいはそのハートを持つもののことを指す言葉だと思う。

ゆるめるモ!の「ガチャガキ」

ガールズニューウェーブグループ・ゆるめるモ!も、そんな“ロック魂”を「ガチャガキ」で表現しているように感じた。

ガチャガキ

ガチャガキ

  • ゆるめるモ!
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

同曲で「どこでだって生きてきた」と歌う、ゆるめるモ!。彼女たち自身をドブネズミに例え、マイノリティ側に手を差し伸べてくれているような歌詞が印象的だ。

曲中では、彼女たちなりの世界観があることを強調し、周りを気にせずに自分たちの道を生きることを歌っているような箇所が登場する。

あっそ うるさいんだ人の居る場所 関係ないよね

だって どぶねずみ どぶねずみ 私たち

へえ 街もペラペラの言葉の雑音も 関係ないか

かけずり回って 汚れて 生きるだけ

また、他人に流されることなく、自分の信念を貫き通している様子からは、ゆるめるモ!の“ロック魂”を感じた。

そう 信じ合う事とかさ 約束のあかしとか

別に いらないや いらないや なんもいんない 

そう信じ合う事とかさ 約束のあかしとかは

別に 探さない 探さない 本能なんだ

そう信じ合う事とかさ 約束のあかしとかが

そんな 綺麗な手 綺麗な手 嘘みたい

「窮屈な世の中をゆるめる」そして「あなたをもっととろけさせたい」という2つのコンセプトを掲げている、ゆるめるモ!。彼女たちのこの“絶妙なゆるさ”は、マイノリティ側に生きる多くの人々をきっと救ってくれるに違いない。

CY8ERの「東京ラットシティ」

アイドルユニット・CY8ERも、“ロック魂”が感じられる曲を歌っている。

1月22日(水)にリリースされたアルバム『東京』内の収録曲「東京ラットシティ」を聴いてみてほしい。

東京ラットシティ

東京ラットシティ

  • CY8ER
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

曲名に“ラット”とあるが、これはおそらく研究や実験用として改良されたドブネズミのことを指しているのだろう。というのも曲中には、やや中毒性があり、多用しすぎると依存する傾向のある「ブロン」という市販鎮咳剤が登場する他、「パパはいつまでも休暇」「数年前に出て行ったママを思い出して泣いた」とまるでネズミの両親は既にいないような表現が出てくるからだ。

そのような周りから尊重されていないドブネズミの様子が描かれているが、ネズミたちは自身の立ち位置を分かっている。「先輩、いつから主人公じゃないと気付いたんです? ほら、ねえ、僕らは脇役だってことを」と“後輩”ネズミが“先輩”ネズミに尋ねるような歌詞からは、同曲でもドブネズミがマイノリティ側として描かれているのが分かるだろう。そして「実験の果てに死ぬ運命を」、彼らは理解しているのだ。

だからこそ、ドブネズミたちは自分を信じて、危険を顧みずに突き進むのだろう。実験室から逃げ出し、自らの人生を切り拓いていく彼らの生き様は「東京、泥だらけのヒーロー」そのものだと思う。

そんなドブネズミたちに寄り添いながら歌うCY8ERからも、“ロック魂”が感じられるのではないだろうか。

感想

“ロック”な生き方は、決して楽ではないと思う。

ドブネズミが描かれた曲からも分かるように、“ロック”に生きるためには幾度となく立ちはだかる問題を払いのけながら生きる必要がある。そして、その強さがなければ、“ロック”には生きられないとも思っている。

しかし、“アイドル戦国時代”を懸命に生きている、ゆるめるモ!CY8ERなどのアイドルは、その“ロック魂”を心に宿しているように思う。そして、“ロック”に生きているからこそ、彼女たちの歌声やパフォーマンス、楽曲は、人々の心を惹きつけてやまないのだと思った。

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Fear, and Loathing in Las Vegasに2度泣いた、CDJ19/20でのお話

“なんちゃらラスベガス”の愛称でも親しまれる、Fear, and Loathing in Las Vegas(以下、ベガス)。

彼らは今からおよそ2週間前となる12月31日、COUNTDOWN JAPAN 19/20(通称:CDJ19/20)のGALAXY STAGEに出演していた。

そして、この日がきっかけとなり、筆者は2度涙を流すこととなる。

2019年、“最後の師走の日”に起きた出来事

あの日、私は急いでいた。

PASMOのチャージ金額が不足していたことによる突然の足止め。そして、それが原因で電車を逃し、乗り換え先の電車は遅延していた。

この時点で、予定していたスケジュールより30分オーバーだ。ベガスの前に観る予定だったアーティストのライブは既に始まってしまっている。ただ、ベガスはまだ観ることができるという希望があった。何度もタイムテーブルを確認しながら、そう自分を信じていたのだ。

そうこうしているうちに、「舞浜」のアナウンスが流れてきた。ガラリと空く客席。それに伴い、張りつめた緊張感が不思議と和らいでいく感じがした。

 

その後、「海浜幕張」というアナウンスはしばらく経っても聞こえてこなかった。代わりに「次は船橋法典」という声が飛び込んでくる。なんだか嫌な予感がした。

慌てて検索をかけたときには、もう遅かった。海浜幕張駅を4駅ほど通過していたことに気づいたのだ。

初めて降り立つ駅、そして乗り過ごしていたことに戸惑いながらも、私は再び海浜幕張駅を目指した。「海浜幕張に到着する頃には、ベガスのライブは始まっている」。そう思うと、なぜだか涙があふれてきたのだった。

 

さらに遅れること50分。ようやく駅に到着した私は、会場目掛けてひたすら走った。ぐちゃぐちゃな視界の中、ただただ走った。「少しでも観たい」。その情熱だけが、私を突き動かしたのだ。

しかし、現実は甘くなかった。GALAXY STAGEの前に着いたときには「入場規制中」の文字が飛び込んできたのだった。

全8曲の個人的解釈! CDJ19/20のセトリから感じたこと

そんなわけで、ベガスのライブは観ることができなかった。

代わりに、この日のセットリストを確認しながら順番通りに曲を流す“お家ライブ”を後日開催していたのだが、そこで再び涙を流すこととなった。

そのとき思った感想を、独断と偏見で、1曲ずつ書いていきたい。

※以下、この記事で扱う曲の歌詞を、一部、英語から日本語へ意訳しているところがあります。長さの都合上、意訳した部分の英詞は省いています。正確な歌詞を知りたい方は、歌詞サイト等でご確認ください。

「Acceleration」

この日は、“加速”の意味を持つ「Acceleration」からスタートしている。

  Acceleration - Fear, and Loathing in Las Vegas

同曲で「本能に正直であれ」「あなたはあなたのままでいい」などと歌っているベガスは、観客一人ひとりに“自分らしさ”を解放させるきっかけを与えていただけでなく、彼ら自身の想いをこの曲に込めながら歌っていたのではないかと思った。

「スピードを落とす必要はない」「突き進め」といった歌詞は、彼ら自身に対してそっくりそのまま言っているように感じたのだ。

本来ならば、同曲の主役はリスナーだと思っている。運転席にリスナーを乗せ、助手席や後部座席にはメンバーが座り、運転しているリスナーにベガスが懸命にエールを送っているような曲だと思うのだ。

ただ、この日はベガスも主役だと思った。2019年にベガスが新体制となったこともあり、大みそかに新たな年への決意や意気込みをこの1曲目で見せていたのではないかと思う。

アクセル全開で、このまま進み続ける。そんな強い想いが感じられた始まり方だったのではないだろうか。

「Just Awake」

続いて披露されたのは「Just Awake」だそうだ。私はこの曲を聴きながら、どうしてもKeiさんのことを想起せずにはいられなかった。というのも、曲名は“目を覚ませよ”といった捉え方ができるからだ。

  Just Awake - Fear, and Loathing in Las Vegas

一方、この曲名には“目を覚ましたばかりだ”という意味もある。これは、新体制となったベガスのことを指しているようにも捉えることができると思う。

曲中には「つぎはぎの心は不安定」「あの日の鼓動 忘れないで」というフレーズ、さらには「もう一度やり直そう」「ひとつになるために、失ったものを立て直して混ぜ合わせよう」といった歌詞が登場する。ここから、ベガスは今の彼らの想いや状況を表現するために、この曲を披露したのではないかと思った。

Keiさんを失った悲しみを歌いながらも、Keiさんの想いも背負って前に進んでいく。そんな彼らの力強い意志を表現するために、この曲を披露したのではないかと感じたのだ。私は思わず涙がこぼれてしまった。

また、この日はリスタートすること(「Return to Zero」)を歌っていないことからも、彼らにとっての最善の選択は“前に進むこと”なのだと思った。

「The Stronger, The Further You'll Be」

「Acceleration」や「Just Awake」で描かれていた“前進する”といった強い想いは、次の「The Stronger, The Further You'll Be」でも引き継がれている。“強くなればなるほど、さらに先へ進むことができる”といった曲名から、既にその気持ちが伝わってくるのではないだろうか。

  The Stronger, The Further You'll Be - Fear, and Loathing in Las Vegas

もちろん、それは歌詞でも描写されている。「止まらずに進み続けろ」「人生は次々と浮上するさまざまな問題を乗り越えていくものだ」といったフレーズからは、前進したいという彼らの気持ちがはっきりと伝わってくるだろう。

また、ベガスの心境を表現しているように感じた歌詞がある。「今にも立ち止まりそうなとき、進み続けるためには何が必要だろう?」といった疑問が描写されている箇所だ。

その答えは、歌詞中には「進み続けるためには、情熱が必要」とあるが、それだけが彼らにとっての答えでないように思う。情熱だけでなく、これまでのメンバーも含め、メンバー一人ひとりのことを尊重していること、そして固い絆もあるからこそ、彼らは前へ進み続けることができるのだろう。

「Keep the Heat and Fire Yourself Up」

前曲「The Stronger, The Further You'll Be」で、前進するためには“情熱”が必要だと言っていたベガス。続く「Keep the Heat and Fire Yourself Up」では、彼らなりの情熱の引き出し方や、ファンを大切にする気持ちについて歌っているように感じた。

  Keep the Heat and Fire Yourself Up - Fear, and Loathing in Las Vegas

曲名は、“情熱を持ち続けろ、気合い入れろ”といった捉え方ができるだろう。歌詞では「動き出す時がきた」「思いのたけを情熱に変えて、目標を成し遂げるんだ」などとベガス自身を鼓舞するようなフレーズが登場する一方で、「このブタ野郎!」「もう終わりか?」と自ら鞭を打つ、ドSっぷりを発揮している。そんな“飴”と“鞭”のギャップが印象的だ。

さらに最後は、「大きな理想を叶えるためには、それだけの根性が必要なんだ。この時代に大きな足跡を残そうぜ。さあ、ともに足跡を刻ませてくれ!」とシャウトしている。この歌詞のポイントは“ともに”というところにあると思う。ベガスはメンバーだけでなく、ファンとも前進したいのだろうと思った。

「LLLD」

5曲目は、曲中の“Limited Life, Limited Days”という略称が曲名の「LLLD」。

  LLLD - Fear, and Loathing in Las Vegas

“限りある命、限りある日々”という意味の同曲だが、この日、この曲を歌ったのは、Keiさんのことを想ってだと思う。というのも、同曲にはKeiさんの名前が登場する箇所があるからだ。「Keiは夜中に出掛けに行った」とある。

この曲がリリースされたときは、もちろんそんな意味は無かったのだろう。ただ、今となってはKeiさんを失った悲しみを表現しているような曲に感じてしまう。

曲中には「この先もこんな日常がずっと続くんだと思ってた」「全てが終わる日が来るなんて思いもしなかった」「人生は一度きり 進み続けるほかない」といった歌詞も登場する。

今生きているこの一瞬、一瞬を大切に生きようというメンバーの気持ちを伝えるため、そして観客一人ひとりにも日々を大切にしてほしいという願いを込めて、この曲を歌っていたのではないだろうかと思った。

「Let Me Hear」

その後、披露されたのは“聞かせてくれ”といった意味の「Let Me Hear」。

  Let Me Hear - Fear, and Loathing in Las Vegas

この曲でも“生きる”ことに焦点が当てられているように感じる。セトリの前半のテーマが“前進”だったのに対し、「LLLD」以降のセトリ後半戦のコンセプトが“生きる”に変わってきているように思う。

同曲の特徴は、心理学者・マズローの理論をベガスなりに色濃く反映した歌詞にあると思う。マズローは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」という思考のもと、欲求階層説、あるいは自己実現理論とも呼ばれる理論を提唱している。

この曲では、この理論について「俺は以前、こんなことが書かれている本を読んだんだ。マズローによると、人間の欲望には5つの段階がある。めっちゃ長生きしたいと思う欲(生理的欲求)、無事でいたいと思う欲(安全欲求)、人から愛されたいと思う欲(社会的欲求)、人から認めてもらいたいという欲(承認欲求)、そして自分の理想に近づきたいという欲(自己実現欲求)があるらしい。本ではそう書かれてあった」と説明している。

せっかく人間に生まれたのだから、深く考えながら生きて、5段階目の自己実現欲求を満たしてほしい。そんな想いから、ベガスは観客に一人ひとりの“欲”や手に入れたいものを聞かせてほしいと叫んでいるのではないだろうか。

「Party Boys」

続いて披露されたのは、「Party Boys」。

  Party Boys - Fear, and Loathing in Las Vegas

パリピならぬ“パリボ”は、ベガス自身を表しているのだろう。というのも、曲中で「お前らを楽しませることには自信があるぜ」「俺たちのサウンドを一度聴いたら、自然と踊りだしたくなってしまうよ」「俺たちだけのビートを刻んでみせる」「刮目せよ! おい、お前、こんなんじゃまだまだ足りないよな?」「ダンスタイムだ」と“パリピ節”を炸裂させているからだ。

観客を踊らせることに自信満々の“パリボ”だが、この曲では実際にメンバーの動きに合わせて行進したり、にょきにょきダンスを踊ったりと、とにかく楽しい。この日もおそらくフロアが一体となって踊りを披露していたのではないだろうか。踊りは古くから生きる喜びを表現するためとされているように、同曲でも“生きる”がテーマなのだと思った。

「Massive Core」

ラストを飾ったのは、「Massive Core」。

  Massive Core - Fear, and Loathing in Las Vegas

曲名は、直訳すると“巨大な核”とでもなるだろうか。そしてそれは、“心”を指しているように思う。

同曲は「俺たちが本当に信じられるものはなんだろう?」という疑問からスタートする。そして、それは人が言ったことでも、したことでもなく、確かに自分の中にあると歌っている。また、頭を使ってしまうことの難しさについても触れながら、自分の心を信じろと語っているのだ。

それは容易いことではないかもしれない。しかし、信じる力はやがて武器になることも伝えてくれている。そして、最後にベガスは「お前ならできる」とリスナーに想いを託しているのだ。

前進するためにも、よく生きるためにも、自分のことを信じる必要がある。そんなことをベガスはこの日、セトリ全8曲を通して伝えてくれた気がしたのだ。

昨日、サブスクおよびダウンロード配信がスタートした、最新アルバム『HYPERTOUGHNESS』の最後の曲として収録されている「Massive Core」。これは、まさにトリにふさわしいナンバーだと言えるだろう。

12月31日。年の終わりに伝えてくれたメッセージを、引き継いでいきたいと思った。

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想いを未来へ繋げたKANA-BOON【CDJ19/20 ライブレポート】

KANA-BOONが年内最後に魅せたライブは、並々ならぬ想いがひしひしと伝わってきた。

年越しの音楽フェス・COUNTDOWN JAPAN(通称:CDJ)。彼らは、CDJ19/20の3日目となる12月30日に、EARTH STAGEに登場した。

メンバーを率いるフロントマン・谷口鮪(以下、まぐさん)がMCで伝えてくれた言葉は、涙なしでは聴けなかった。さらに、そこに追い打ちをかけるように披露してくれた楽曲が、じんわりと胸に響く。

KANA-BOONだからこそ奏でられる、最高のハーモニーを届けてくれたように感じたのだった。

一人ひとりへ紡いだ、まぐさんの真摯な想い

空気が一変したのは、まぐさんのMCパートだったように感じている。まぐさんは、一人ひとりに対する感謝の言葉を語りだしたのだった。

飯田祐馬(以下、めしださん)について触れていただけでなく、大変だったときにシナリオアートのヤマシタタカヒサ(以下、ヤマピー)がバンドをサポートしてくれたことについても、礼を述べていた。

さらに「大変な時期に出逢ってくれた人もいるかもしれない」と、観客を見渡しながら、ファンに対しても感謝の気持ちを口にしていた。

このメッセージに思わず目頭が熱くなり、気づけば泣いている自分がいた。まぐさんの真摯な姿勢に、胸を打たれた観客も多かったのではないだろうか。会場の空気がひとつになったような、そんな感覚がしたのを覚えている。

さまざまな想いが詰まった、KANA-BOONからのバトン

その後、まぐさんが「この1年で貰ったものを、これから返していくから」と力強く放ちながら、「バトンロード」の演奏をスタートさせた。

めしださんから託されたバトン(想い)、ヤマピーと分かち合ったバトン(日々 ※2020年からは新たなサポートベースを迎えるそう)、ファンから貰ったバトン(エール)。いろんな人から貰ったバトンを握りしめながら、これからも前進していくという決意を、この楽曲で表現しているように見えた。

それだけでない。“君”と“新章”を見たいといったメッセージも伝わってきたのだ。新体制となったKANA-BOONにも付いてきてほしい、とメンバーは観客一人ひとりにバトンパスをしていたように思う。

受け取ったバトンをそっと胸にしまいながら、メンバー一人ひとりの表情を見つめていて、気づいたことがある。その目には、確かに光と火が宿っていたのだ。

メンバーの想い伝わる、繋がる輪と繋げたい絆

最後に披露されたのは「まっさら」だった。

2018年にデビュー5周年を記念し、5シーズンにわたり、5作品のリリースと5つのイベント開催を実施する企画を展開していたKANA-BOON。「まっさら」は、同企画の5作品のリリースを締めくくった楽曲となっている。

「繋がる」がテーマの同曲だが、その歌詞は、全国47都道府県を巡りながら計55公演を開催したワンマンツアー「Let’s go 55 ONE-MAAN!!」の最中に書かれたものとのこと。それだけに、メンバーが、ファン一人ひとりと彼らの音楽を通して繋がりたいといった想いが描かれている曲のように感じている。

しかし、今となっては、それだけがテーマでないように思う。めしださんの想いも、ヤマピーの想いも背負いながら、これからのKANA-BOONにもしっかり繋げていくということを表現した曲のように感じ、涙が止まらなかった。

2020年から始まる、新しい道。次々と新たな扉を開いても、KANA-BOONはこれからも繋がっていく、そして繋げていくことを、この日のライブで宣言しているように見えた。

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馬鹿にできない“さいたま”、ココにあり! 太鼓の達人がアツかった

久々に太鼓の達人にハマった。

そのきっかけは、「さいたま2000」という“神曲”にある。

知らなかった「さいたま2000」

筆者が太鼓の達人で遊んだのは、小学生以来。

小学生の頃、PS2のゲームソフト「太鼓の達人 あっぱれ三代目」、そして和太鼓型コントローラー・タタコンも併せて購入し、主に「かんたん」と「ふつう」モードでプレイしていたことをよく覚えている。

しかし、当時の私は音ゲーよりも、サルゲッチュクラッシュ・バンディクー、クロック!パウパウアイランドなどのアクションゲームに熱中していた。

そんなこともあってか、同ゲームの隠し曲である「さいたま2000」の存在を知らなかった。私の中では「メカデス。」が難易度の高い曲という記憶のままで止まっていた。

 

それから数十年経った最近の話だ。何気なくテレビを眺めていたところ、太鼓の達人のCMが目に留まった。

小学生時代に遊んだ記憶が思わず蘇ってくる。CMで放送されていたのはNintendo Switchのものだったが、スマホでも同ゲームがあるような思いから、気になって検索してみたのだった。

その予測は見事的中。そして、ヒットした太鼓の達人を早速ダウンロードし、曲を選ぶ画面でたまたま視聴した「さいたま2000」に度肝を抜かれたのだった。全楽曲の中で、ひときわ異彩を放っていたのだ。

サウンドで攻める「さいたま2000」

「さいたま2000」の魅力は、まずキャッチーかつハイスピードなサウンド面にあると思う。

ハードコアテクノのひとつであるロッテルダムテクノ、あるいはガバとも言われるジャンルに属する同曲は、高速BPMが特徴的だ。同曲のBPMは200を超えているらしい。

そして、それが踊りたくなってしまうようなダンサブルなチューンと合わさることにより、中毒性を引き起こしているように感じた。

何より衝撃を受けたのは、この楽曲が2003年に発売された「太鼓の達人 あっぱれ三代目」の隠し曲として入っていたことなのだ。

 

2003年にハードコアテクノで攻める音楽ゲームがあっただろうか。少なくとも、私は知らない。そしてその当時、ハードコアテクノが流行っていたとも思えないのだ。

テクノで代表的なアーティストだと、YELLOW MAGIC ORCHESTRA(通称:YMO)やPerfumeが浮かぶのではないだろうか。しかし、両者ともテクノポップを代表するアーティストであって、ハードコアテクノとはまた異なる。

そんな中、ハードコアテクノの「さいたま2000」がゲーム音楽として起用されたことは、斬新かつ先鋭的だったように感じた。

歌詞でも魅せる「さいたま2000」

そんな魅力的な「さいたま2000」だが、遊び心あふれた歌詞にも関心させられるものがある。

「脳内カーニバルだどーーん!!」という掛け声からスタートする同曲。そこから譜面に合わせて高速で太鼓の面やフチを叩いていくのだが、途中、太鼓の達人の赤いキャラクター・和田どん(通称:どんちゃん)の寝ぼけ声のような、何を言っているのかよく分からない声、さらには混乱したノイズなどのサウンドが流れてくる。

その後は、「さ!」「い!」「た!」「ま!」と、まるで嘘とカメレオンの「JOHN DOE」で「(Un, deux, trois)」と発しているようなパート、さらにはFear, and Loathing in Las Vegasの「Rave-up Tonight」でもお馴染み、「北斗の拳」の北斗百裂拳を想起させる「アタタタタタタ!」という箇所が存在する。

そして、今度はモールス信号が流れたかと思いきや、突然「今日のごはんは?」と聞かれ、豚カツとカツ丼で激しく悩む様子が描写されたような“とんかつ地帯”に突入するのだ。

 

そんな“脳内カーニバル”していないと生まれないような曲だと思うのだが、この曲を逆再生すると、また見方が変わってくる。

混乱したノイズのところで「あなた好みの太鼓になります!」と言っている他、モールス信号あたりでは「わーい!おめでとう!どどんがどーん!!」と、どんちゃんらしき声が聴こえてくるのだ。

 

この秘密を知ってしまった私は、バンダイナムコ太鼓の達人制作チームに関心した。顔も名前も知らないが、おそらくワクワクすることが好きな人たちや人を楽しませようとしている人たち、そして何より心からゲームが好きな人たちが多いのだろう。

そう思わずにはいられない要素は、同曲の“とんかつ地帯”にもある。「ドン」と太鼓の面を叩く音と「カッ」と太鼓のフチを叩く音を“豚カツ”や“カツ丼”と掛けているところは、制作チームの遊び心があふれていると思っている。

“さいたま”の歴史を振り返る

そんな“神曲”の曲名を見ながら、ふと疑問に思ったことがある。なぜ「さいたま2000」という名前なのだろうか。

今では埼玉は“ださいたま”と呼ばれがちだ。また、映画「翔んで埼玉」でも埼玉県民が差別されている模様が面白おかしく描かれていたことは、まだ記憶に新しいだろう。

埼玉に生まれた私としては、これにはなんだかモヤモヤするものがある。だからこそ、「さいたま2000」という曲名を付けた同曲には、なぜだか無性に気になるものがあった。

もしかしたら、埼玉の良さが分かるかもしれない。そんな淡い期待も込めて、「さいたま2000」の曲名の謎を探るべく、自分なりに埼玉の過去をさかのぼってみることにした。

 

埼玉県の2000年のビッグニュースといえば、さいたま新都心という新たな街が誕生したことであることかもしれない。さいたまスーパーアリーナまで好アクセスの、さいたま新都心駅を使っている人も多いのではないだろうか。

そして、翌年には大宮市、浦和市与野市が合併し、さいたま市となったそう。

確かにそんなこともあった、と思った。当時の私は、突然、自分の住所が変わったことに衝撃を受けたのだった。

また、2ちゃんねるアスキーアート(以下、AA)が流行していたのも、この時代だったのだろうか。モナーが「さいたま!さいたま!」と連呼するAAを、私が小学生の頃によく見かけた記憶がぼんやりとある。

「さいたま2000」という曲名になった真相はよく分からないが、この“神曲”に“さいたま”と入れてもらえたことが、埼玉出身の私としてはうれしかった。

サウンドも歌詞も馬鹿にできない“さいたま”。ぜひ遊んでみてはいかがだろうか。

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