ミュージック バンク

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感性に訴えてきた楽曲を、ちゃんさきセレクションでお送りする音楽ブログ。独断と偏見で綴っています。

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“リアルプリンセス”ちゃんみな――“今”を生きる彼女が更新する“プリンセス像”を観た

「私はずっとプリンセスになりたいと思っていました」。

先日、日本武道館にて行われた単独ライブ「THE PRINCESS PROJECT - FINAL -」で、そう話してくれたちゃんみな。デビューアルバム『未成年』から「世界一 microphoneが似合う princess」や「I'm a princess, huh」と、収録曲「Princess」や「FXXKER」で宣言してきた彼女が、壮大なお城のセットをバックに悠々と立っている姿は、まさにプリンセスそのものだ。

ダンスパーティーのような演出から始まり、「ホワイトキック」では“にゃんみな”として猫のように甘えてみせたり、「Never」ではダンサーと絡むようにセクシーかつ情熱的なパフォーマンスをしてみせたりと、この自由で魅力的なプリンセスからは一瞬たりとも目が離せない。そんな彼女はこう続けた。

「でも、そこ(プリンセス)から先を目指したいなと思いました。だから、これは始まりであって、終わりじゃないです」。

この言葉に感動した。“プリンセス”と聞いて、真っ先にディズニープリンセスを思い浮かべる人も多いと思うが、これまでディズニーが描いてきたどんなプリンセスよりも、武道館に堂々と立つ“プリンセス”に心を震わされた瞬間だった。

 

ちゃんみなの歌う歌は生々しく、非常にリアルだ。そして、彼女は、これまでの生き様や経験、それから彼女の想いや考えを嘘偽りなく歌っているからこそ、ちゃんみなの歌う歌には胸を打つものがあるのだと思っている。

そんなちゃんみなはこれまで何度も“夢”について語ってきた。「夢を持ってほしい」、「夢を諦めないでほしい」。小さい頃から歌手になりたいという夢を抱いてきた彼女が、実際にその夢を叶えた上で“夢”の大切さについて話してくれるからこそ、ちゃんみなの言葉は信頼できるように感じるのだ。

 

性格も生き方もさまざまなプリンセスが、それぞれの作品で自分なりの幸せを手に入れる様子を描くディズニー映画も素敵だ。しかし、どんな壁や逆境が立ちはだかろうとも、めげずに自分の夢を追いかけ続け、夢を掴んでも、さらなる夢を追い求めるちゃんみなを観ていると、幸せを掴んでそこで終わりという、これまでのプリンセス像を超えてきたように感じている。

「ディズニーランドは永遠に完成しない。この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける」という言葉のもと更新し続けているディズニーのように、ちゃんみなは間違いなく“今”を生きる“リアルプリンセス”として、プリンセス像をアップデートしていくに違いない。

そしてそれは、“プリンセス”に終止符を打ち、新たな扉を開けるということなのかもしれない。あるいは、今後は世界に向けて“プリンセス”ちゃんみなの名を世に轟かせていきたいということなのかもしれない。

彼女がどんな未来を目指そうとも、これからもちゃんみなを応援していきたい。

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“人を楽しませる天才”ジェニーハイの、音楽を超えたエンタメの最高峰【アリーナジェニー】

ジェニーハイが音楽とお笑いの最高のフュージョンで奏でた「アリーナジェニー」。それは“天才を超えよう”という、そのバンド名にふさわしい圧巻のライブだった。

ワクワクするオープニング

パーキングのマークまであり、細部までこだわりを感じるコンビニをイメージしたステージが青く光る中、この日の公演は「ジェニーハイのテーマ」から幕を開けた。しかし、イントロは流れているものの、肝心のメンバーが見当たらない。

そのまま序奏が終わりかけた、次の瞬間である。「俺が川谷絵音だ」という声が響き渡り、バンドのプロデューサー兼ギターを務める川谷絵音(以下、絵音さん)が姿を現した。アリーナにいた観客が拍手で静寂を破ってゆく中、絵音さんはそのまま自身の自己紹介パートを続け、センターステージまで堂々と歩いていく。

そして、そんな絵音さんに続き、キーボードを担う新垣隆(以下、ガッキー)、ベース担当のくっきー!(以下、くっきー)、ボーカルを務める“歌姫”中嶋イッキュウ(以下、イッキュウさん)、ドラムを受け持つ小籔一豊(以下、小籔さん)が一人ひとり登場。自己紹介する形でバトンを繋げてゆくという、斬新なオープニングからスタートした。

笑いを誘う“典子さん”

メインステージへ戻り、「夏嵐」や「ランデブーに逃避行」、「コクーンさん」を披露すると、「ダイエッター典子」へ。ダンサー・典子さんたちが登場し、エクササイズ風のダンスを繰り広げる中、イッキュウさんが典子さんの想いを高らかに歌い上げていく。

ダイエッター典子

ダイエッター典子

  • ジェニーハイ
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

この曲に登場する典子さんは、名目上はダイエッターである。連れの“あんた”がスタイル完璧な他の女性を見ていたことで嫉妬し、ダイエットに励もうとするも、大好きなタピオカの魅力に負けてしまっているのが現状だ。

頭の中では「食べ過ぎ注意」や「モチモチガールを卒業したら ボンキュッボンになるんだから」とは思いつつも、とにかく“やる気が出ない”のである。そんな典子さんの心情を、ダンサー・典子さんたちとともにジェニーハイは描いていた。

イッキュウさんの「頑張ってダイエッター典子」という歌声とともに応援したくなる声をグッと抑える代わりに、手を挙げたり、拳を突き上げたりと、エールを送っていると、典子さんはある“考え”が思い浮かぶのである。それは「食べ過ぎたら 奇跡的な体質変化が起こるかもしれない」「科学を超える力は奇跡でしか起こせない」というもの。典子さん流“タピオカダイエット”だ。

「幸せ掴みたいんでしょ お腹掴めてる場合じゃない」と思っていた典子さんが「食べ過ぎ上等ダイエッター」「タピオカ摂取できないよりは できる幸せを掴みたい」と開き直る瞬間は笑いを誘うが、そんなユーモアたっぷりの典子さんのファンは多い。その後、ジェニーハイは立て続けに「バイトリーダー典子」を披露し、“典子さんシリーズ”を完成。典子さんの世界観へと引きずり込んだ。

ダンスで魅せるジェニーハイ

MCを挟み、披露されたのは、「ジェニーハイラプソディー」、「愛しのジェニー」、「ジェニーハイボックス」のダンス曲の数々である。

両手で作った“ジェニーハイ(genie high)”の“g”のポーズを左右にリズミカルに動かしたり、リズムに合わせて前に突き出した両腕を舟をこぐようにして踊ってみたり、手遊びうた「おべんとうばこのうた」をオマージュした振り付けを披露したり。それぞれの曲で楽しそうにダンスするメンバーに合わせて、一緒に踊る人や、手を挙げる人など、観客は思い思いにその場を楽しんでいる人が多いように感じた。

また「愛しのジェニー」では、メンバー4人が前屈をする中、絵音さんが一人ひとりに「不埒なあの子も才能の前に背筋ピン」と歌っていき、それぞれ「背筋ピン」と答えながら、実際に背筋を伸ばしていくといったシーンもある。

愛しのジェニー

愛しのジェニー

  • ジェニーハイ
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

最終周の「背筋ピン」をくっきーや小籔さんが面白おかしく言っていく中、ガッキーの裏返った声での「背筋ピン」には、絵音さんだけでなく、観客からも笑みがこぼれていた。絵音さんがこの曲について「最後まで笑わずに歌えたことがない」と話していた理由がよく分かった瞬間だった。

個性光るメンバーのパフォーマンス

その後、「グータラ節」と「ルービックラブ」のパフォーマンスを終えると、ジェニーハイはいったんステージを離れ、衣装チェンジをして再登場。BiSHのメンバーのひとりであるアイナ・ジ・エンドをゲストに迎え、「不便な可愛げ」を披露したのち、「卓球モンキー」をプレイしていく。

MVほど地面すれすれではなかったものの、膝丈くらいの低い位置でベースをかき鳴らすくっきー、美しいピアノが無双するガッキー、思わずくすりと笑ってしまうイッキュウさんの語りなど、この曲の魅力は計り知れないが、中でもひと際、目を引いたのが、小籔さんである。

この日のために、ほぼ毎日のように自身のInstagramにコメントを添えて、ドラムの練習風景をアップしてきた小籔さん。そんな小籔さんが、時に真剣な眼差しで、時に瞳を閉じてビートを刻んでいく姿は、ブルブルと心を震わせたのだ。スティック回しなどの細かな芸などは入れずに、曲の世界観に入り込みながら叩いているように見えたその姿はとにかくカッコよかった。

MCでの小籔さんはお笑いのプロとしての顔を覗かせるものの、「ジェニーハイのテーマ」で「満員の観客を笑わせるんじゃなくて踊らせるんだ」と歌っているように、演奏中の小籔さんは一人ひとりの心を踊らせに来ているように感じた。そしてその想いは、イッキュウさんやガッキー、くっきーや絵音さんを観ていても、ひしひしと伝わってくるのである。

メンバーには、くっきーや小籔さんのように音楽を本業としていない人もいる。また、ガッキーのように、バンドを本業としていない人もいる。さらに、イッキュウさんにはtricotというバンドがあり、絵音さんはいくつものバンドを掛け持ちしている。一人ひとりが多忙な中でも、合間を縫って練習し、このように集っているのは、やはり“お客さんを楽しませたい”という想いが強いからではないだろうか。

ジェニーハイから感じられた絆

“人を楽しませる天才たち”は、この日、他にも「シャミナミ」や「片目で異常に恋してる」、それから「華奢なリップ」など、さまざまな曲を披露してくれた。

そして、それだけでない。ゲストには、ちゃんみなやアイナ・ジ・エンドほか、ロバートやお笑い芸人・パーフェクト・ダブル・シュレッダーの門野鉄平が登場。最高なエンターテイナーたちを招き、感動や笑いを提供してくれた。

何かに秀でた才能や素晴らしいセンスを持っているだけでなく、人としての魅力も兼ねそろえているからこそ、たくさんのゲストが駆けつけたのだと思っている。そんなジェニーハイを見ていると、既に“天才を超えている”ように感じるのだが、最新アルバムの表題曲「ジェニースター」で高みを目指していることを歌っているように、彼らの歩みはとどまるところを知らない。

ライブの1曲目にふさわしい「ジェニーハイのテーマ」から始まり、大トリでちゃんみなとコラボした最新アルバムの1曲目「華奢なリップ」で締めくくったセトリも、まだ終わらせないと言っているかのようだ。何より「長く続けたいですね」と話した小籔さんの一言が、説得力をもたらしていた。

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奥深さを感じる、Zeddの「Funny」

美しいメロディラインに定評のある、Zedd。

「Stay」や「The Middle」では、そのお洒落なメロディに乗せて、切ない歌詞が響き渡る――。筆者は見事なまでに溶け合った、その美しいハーモニーがたまらなく好きなのだ。

先日開催された「SUPERSONIC 2021」に出演していたZeddは、上記2曲のほか、これまた好みの「Stay the Night」、人気曲の「I Want You to Know」や「Clarity」など、さまざまな楽曲を披露。とりわけ気に入っている「Funny」もドロップしつつ、フロアにいる観客だけでなく、画面越しに観ている筆者含め、多くのファンを愉しませた。

Zeddの“聴かせる楽曲”は、本当にどれも魅力的だ。しかし、やはり筆者の中では「Funny」が圧勝である。そんなこの曲の魅力は、最初から最後まで巧みに攻めていることにあると思うのだ。

初めて聴いたときから衝撃を受けているのだが、お洒落で切ないサウンドに乗せて歌っているものとは思えないくらい、歌が毒づいているのである。しかしながら、情景描写の描き方はとにかく美しく、そのコントラストには思わず眩暈がしてしまいそうだ。

この曲は切ないイントロが流れたあと、“カーテンは閉められた”という歌から始まる。そして、“足元に横たわっている枯れかけた薔薇以外には、何も見えない”と続く。その後、直球ストレートのアイロニーを効かせた言葉を投げつけるまでは、これがまだ“毒”の序章に過ぎなかったなんてことは、全く想像つかないだろう。心は閉ざされ、愛が終わりかけている様子を、敢えて美しい比喩に例えることで、皮肉を強調させているように聴こえるのだ。

幕開けから歌とサウンドによる巧みな表現方法で攻めているこの曲は、女性側の気持ちを描きながら、すれ違う男女の心を描写している楽曲だ。そして、この曲で注目してほしいのは、サウンドのほうである。歌詞が強いぶん、どうしても皮肉たっぷりな歌に意識が傾きがちだが、この曲の切ないメロディにスポットライトを当ててほしい。散々毒づいているのにも関わらず、こんなにメロディが切ないのは、相手の男性のことが忘れられないからではないだろうか。そんな解釈もできるだろう。

相手のことを忘れられない自分が“おかしい(Funny)”のか、はたまた急に恋心を露わにしてきた相手が“おかしい”のか。この曲の捉え方は、私たち一人ひとりに委ねられているのかもしれない。そんなことを思いながら、ふと薔薇が登場する物語で、心の食い違う男女の様子が描写された『星の王子さま』が思い浮かんだ。

星の王子さま』では、王子さまのことを愛していながらも、何かと素直になれない、あまのじゃくなバラが登場する。王子さまが自分の星を離れる旅立ちの日になって、ようやくバラは自分の行いを後悔するのだ。一方の王子さまも、旅をするうちにバラのことを愛していたことを自覚し始め、バラを自分の星に置いてきてしまったことを悔いるのである。

「Funny」に登場する男女も、それぞれ離れ離れになって改めて相手の想いに気づいたのではないだろうか。歌詞を追っていくと、女性には新たに好きな人がいることが分かるのだが、彼女の気持ちにはまだ好きだった男性に未練があるように私は感じる。

そんな男女のもどかしさを描いたような、Zeddの「Funny」。隅々までこだわりを感じるこの曲は、まるで生きるのが下手な筆者の気持ちを描いているように聴こえるからだろうか。自分の心に温かく寄り添ってもらえているようで、私はZeddの楽曲の中で一番気に入っている。

Funny

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コロナ渦に見る、マキシマムザ亮君の“変わらない”カッコよさ

変わってゆくものの中にある、変わらないもの

今でも感染拡大が続いている、新型コロナウイルス。コロナ渦に巻き込まれてからというもの、マスクが外出する上での“必需品”となったり、ソーシャルディスタンスを心掛けるようになったりと、私たちの日常の多くが変わっていったように感じている。

私たちは変わってゆく世の中に必然的に適応しなければならなくなった。それに膨大なストレスを感じる人も数多くいる中、マキシマム ザ ホルモンはさまざまなカタチで人々を楽しませるエンタメコンテンツへと昇華させてきた。

例えばそれは、全席・顔面指定席ライブ『面面面~フメツノフェイス~』から感じることができるだろう。同ライブは、腹ペコ(※ファンの呼称)が応募フォームに記載された、遊び心あふれるさまざまな“面カテゴリー”と自分の顔を照らし合わせてから抽選に挑む必要があった。マスク必須、声出しNGという感染予防対策をきっちり守りながらも、それぞれの“面カテゴリー”ごとに持参可能だった“簡易的な楽器アイテム”を鳴らすことで、自分たちが楽しんでいる様子をアーティスト側に伝えることができたのだ。まさに、コロナ渦だからこそ生まれた楽しみ方だと言えよう。

さらに、コロナ渦で働く腹ペコたちのお店を応援すべく“腹ペコえこひいき加盟店”でいち早く販売された『ESSENTIALS』も、まだ記憶に新しいだろう。現在の“エッセンシャルなグッズ(必需品)”であるマスク、2号店・コロナナモレモモのラストシングル、そして“腹ペコえこひいき加盟店”で使用できるクーポンをたっぷり詰め込んだ『ESSENTIALS』もまた、コロナ渦だからこそ試みることのできた“新たな挑戦”のひとつである。

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そして、このような独創的なアプローチは、昔から変わっていない。マキシマムザ亮君は、これまでも『これからの麺カタコッテリの話をしよう』で漫画とCDをセットにした“書籍”として販売したり、『Deka Vs Deka~デカ対デカ~』ではコッテリ作り込まれたゲームをクリアしない限り、中身の映像までたどり着くことができないという、亮君のセンスとユーモアが炸裂した“ライブDVD”を作っていたり。“音楽”の常識を突き抜け、さまざまなカタチで腹ペコたちを楽しませてきたのだ。

そうした亮君の“変わらないもの”は、楽曲からも感じることができる。2004年にリリースされた「ロック番狂わせ」では、「HEY!ロックバンド どれが売れ どれが廃れる? もうどうでもいい」、「HEY!ロックバンド なにが優れ なにが劣る? そんなんどうでもいい」と歌っているのだ。人の評価に振り回されることなく、“自分”を信じて突き進んでいる姿は、今も昔も変わっていない、そのままの亮君を感じることができるだろう。

亮君は、先日読んだインタビュー記事でも、数字ではなく“本当のいいね!”をもらうことの大切さを語っていた。中には、他人の評価が自分の基準となってしまったり、次々と変わってゆくものに振り回されてしまう人もいるが、ブレない“自分軸”を大切にしているからこそ、亮君はカッコいいのだろう。

変わってゆくものの中にある、“変わらないもの”。そこにこそ、亮君の“最大の魅力”が詰まっているように感じるのだ。最高に“ロック”な亮君、そしてホルモンが描く“これからのストーリー”も楽しみで仕方ない。

 

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KANA-BOON、ЯeaL、サカナクション…“SNS”がテーマの曲から、その使い方を考えてみた

私たちは何かとスマホをチェックしがちである。

LINE、TwitterInstagramFacebookYouTubeTikTok、Clubhouseほか、数多のSNSがひしめき合う今。スマホを手放せなくなっている人も少なくない。

そうしたSNSを楽しむ目的で使用しているのならよいのだが、中にはSNSに振り回されて疲れてしまっている人もいる。そんな“SNS疲れ”を感じている人たちに、SNSがテーマになっている楽曲を紹介していきたい。ピックアップしたのは、バンドを中心に5曲だ。この記事を読み終わった頃には、正しくSNSを使えるようになっていてほしい。

KANA-BOON「ウォーリーヒーロー」

KANA-BOONの「ウォーリーヒーロー」は、SNSの持つ悪い側面を描きつつ、聴くものに“警告”を促している曲のひとつである。

タイムラインを見れば、ずらりと流れてくるたくさんの呟き。そこから、いつだってそばに誰かがいるような感覚に陥ってしまう人も少なくない。そうして、そこでSOSを出すも、誰からも返信がなく、孤独感を感じてしまう――。

一見、フォロワーが多ければ多いほど“繋がった気分になる”SNSだが、実は“閉鎖的”という、現代的なツールの持つ“落とし穴”を歌っているのがこの曲だ。また、さまざまな“声”を目にするうちに、中には自分の“本当の声”が分からなくなってしまう人もいるだろう。時に流れてくる容赦のない“声”は、“毒”のような存在感を放っているものもある。

KANA-BOONは、そうしたさまざまな情報が飛び交うSNSの悪い一面を描きつつ、私たちに向けて「君の本当の声忘れないで」「そのタイムラインに飲み込まれる前に 想像してくれ」と“警告”してくれているのだ。「ウォーリーヒーロー」は、他人に左右されずに、自分らしく生きることを促してくれるような1曲となっている。

ЯeaL「仮面ミーハー女子」

ЯeaLの「仮面ミーハー女子」は、ティーン女子の“心の闇”を映し出したような1曲だ。

誘われた花火大会に「置いてけぼりは嫌」という理由から、本音を隠して参加。友達の“あの子”の呟きには「どうでもいい」「興味無い」「ミュートしたい」と思いながらも、とりあえず「いいね!」を押す。「何人友達がいたって一人きり」と歌っているところからも、“僕”には“本当の友だち”がおらず、クラスの女子と希薄な関係を築き上げていることが分かる。

“本当の友だち”ができないのは、おそらく相手の顔色を伺い、他人の意見に合わせてしまっていることが原因だろう。そして、その背景には、スクールカーストやいじめなどの問題があることも考えられる。

ティーン女子から人気のあるミオヤマザキも「女子高生」で、「必須科目は学よりもPeople」「ちょっと目立てば ハブ」と歌っているものの、自分の想いや考えを持ち、相手に伝えていくことで“本当の友だち”ができるものだと思っている。また、自分の好きなものやことを大切にすることで、心を通わすことのできる仲間ができると思うのだ。

だからこそ“僕”は、本音を言わない、エセ「いいね!」などの“傷付かない為の防御法”でガードを固めるのではなく、自分らしさを開示していってほしいと願っている。

グッドモーニングアメリカ「コピペ」

SNSでの承認欲求が強すぎる人をアイロニーたっぷりに描いているのは、グッドモーニングアメリカの「コピペ」だ。

SNSをやっていると、自分で自分自身を認めるのではなく、他者に自分自身を認めてほしいという、他者承認欲求が強すぎる人をチラホラ見かける。そして、この曲で描かれているのもまた、そうした“承認欲求こじらせ人間”だ。

かまってほしい、注目されたいなどの、周りに認めてもらいたいという想いが強すぎるあまり、“本当の自分”を見失っている“僕”の姿が描かれているが、SNSをやっている人ならそうした人を少なくともひとりは見かけたことがあるのではないだろうか。

中には、自分がどう在りたいかではなく、人から何を求められているのかを考えて、他者が求める自分を演じてしまっている人もいる。しかし、例えそれで「いいね!」をもらえたとしても、一時的には満足感を得ることができるかもしれないが、本当に心が満たされることはないと思っている。

他人から反応がなくとも、自分が心から「いいね!」と思って投稿したものなら、少しも気にしないはずだ。だからこそ、他者ではなく、過去の自分自身と比較するなど、自分自身に焦点を当てることが大切なのではないだろうか。

サカナクション「エンドレス」

サカナクションの「エンドレス」は、まるでSNSでの“負の連鎖”を表現したような楽曲となっている。

誰かを笑う人がいて、それを笑う人がいて、それをまた笑う人がいる――。以前、サカナクションはラジオ番組で、YouTubeのコメント欄を参考にこの曲の歌詞を書いたと話していたが、SNSに対しても同じことが言えるだろう。

それらを見ないようにしようとしても、どうしても目に入ってしまうことがある。笑われている対象の人のことを大切に思っていればいるほど、アンチの批判や嘲笑に悲しくなってしまうこともあるだろう。また、アンチの攻撃に怯んでしまう人も少なからずいると思っている。

しかし、“僕”は何か言いたいのだと思う。耳を塞いでいるのに、なぜか声がするのは、“僕”自身の“心の声”がずっと聴こえているからなのではないだろうか。そうして、そのことに気づいた“僕”は、他人からなんと言われようとも、“心の声”を口に出すのだろう。

それは、まさに“エンドレス”だ。ただ、何度も自分自身と向き合って口に出したものが心からの“声”ならば、その“声”はきっと少なからず届くはずである。

DAOKO × 中田ヤスタカ「ぼくらのネットワーク」

これまでSNSの問題点を書いてきたが、DAOKOと中田ヤスタカがタッグを組んだ「ぼくらのネットワーク」は、SNSを楽しむ上での理想的な使い方を想像させてくれるような1曲となっている。

SNS上でさまざまな人と繋がるうちに見えてくる光景は、本来ならば楽しいはずである。一人ひとりの持つ独自の世界観は、例え同じ意見だとしても、理由までがすべて同じということはない。そんなちょっとした違いも楽しむことができるはずだ。

また、「好き」なもので繋がるコミュニティは、決して脆いものではないだろう。むしろ、強固な関係性を築くことができると思っている。そのためにも、自分の中の「いいね!」を大切にしてほしいと思うのだ。

自分の好きなものやこと、自分らしさを開示することで見えてくる世界は、変わってくるはずだ。いま“SNS疲れ”を感じてしまっている人は、自分自身のSNSとの向き合い方を改めて考えてみてほしい。

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